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本経寺大村家墓碑群

本経寺大村家墓碑群(ほんきょうじおおむらけぼひぐん)

[史跡]
日蓮宗本経寺境内の南側に、大村家の墓所があります。2,000坪(約6,600平方m)の敷地に藩主・領主13基、正室・側室16基、一族家臣など合わせて78基、石灯籠481基が群立しています。様式は五輪塔・笠塔婆・石霊屋・宝塔・角塔など様々なものがあります。 これらの墓塔でまず目を引くのがその大きさです。慶安3年(1650)に亡くなった3代藩主純信の墓塔以降巨大化し、以後、歴代巨大な墓塔が建ち並びます。最も大きいのは、寛延元年(1748)没の7代藩主純富塔の6.95mです。また、正室・側室のために造られた宝塔はたいへん精巧な造りで、石造美術史としても貴重な墓塔です。 小藩の大村藩がこのように巨大な墓碑を建てた理由としては、キリスト教禁教後にキリスト教を棄て厳格に仏教を信仰している証として建てられたと考えられており、キリシタン大名であった大村家の特異な歴史故のものと思われます。墓所がある本経寺も大村家がキリスト教を棄教し、仏教へと改宗する際に復興寺院第一号として建立されており、キリシタンから仏教へという江戸時代初期の日本の宗教政策を物語る上で貴重な場所として史跡に指定されています。
[長崎県大村市]

本経寺

本経寺(ほんきょうじ)

[神社・仏閣等]
古町にある大村最大の日蓮宗寺院で、大村家の菩提寺です。江戸時代初期にキリスト教が禁止されると、初代藩主大村喜前はいち早くキリスト教を棄教し、日蓮宗に帰依しました。その証として建立されたのがこの本経寺です。建立年代は郷村記には「慶長7年(1602)」と記されていますが、この当時領内のキリスト教は全盛であり、社寺再建が可能であったとは考えられないため、棄教した慶長10年(1605)以降に着手され、完成したのは慶長13年(1608)頃であったと思われます。 本経寺は、大村領内の日蓮宗の本寺であり、領内に8つの末寺を持っていました。日蓮宗信徒は全領民の約4割に当たる4万5000人程おり、本経寺がその中心だったのです。また、境内墓地には歴代藩主の墓碑群が林立しています。現在の本堂は安永7年(1778)の火災後、天明7年(1787)に再建されたもので、約200年を経た大村を代表する江戸時代の建造物です。 境内には山門(文政8年再建)・庫裡(文政11年県立)・鐘楼(文政7年再建)・三十番神社などがあります。そのほとんどの建造物が、江戸時代そのままに伝わっており、その点からも貴重な建物群で、大村藩主大村家墓所とともに国の史跡に指定されています。
[長崎県大村市]

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